桐生あんずです

日常やプログラミングについて書いています。

「虚弱に生きる」が良かった

桐生あんずです。

先日、絶対に終電を逃さない女さん著の「虚弱に生きる」を読んでみたところかなり刺さってしまい感想を各SNSや自分のラジオで話していた。熱がある内に感じたことをブログにも一通り書いておこうと思う。

なぜ刺さったのか

まず、著者の方のバックグラウンドに対して共感できる要素が多かったのはあると思う。
同じ95年世代かつ地方出身で都市圏の私大に進学されているということで、大学時代から20代半ばにかけての当時の周囲の雰囲気などを思い出しながら読んでいた。
この点においては「虚弱を生きる」を読んだ後に1作目の「シティガール未満」も読んだのでより一層その要素を感じているかもしれない。
ここは「シティガール未満」の方の感想でもあるのだけれど、大学時代の交友関係の話や執筆の仕事と向き合っているエピソードを見ていると人並み以上にさまざまな物事への活動意欲がある方なのだろうなという印象で、その上で健康が続かないともどかしくなる場面はあるだろうなと想像していた。

「虚弱に生きる」の中では、20代の中盤に差し掛かって健康のために試行錯誤していく過程に関して丁寧に述べられている。食生活と運動習慣の改善と情報収集に時間を注いでいる様子について話されていたのが本当に苦しくなるほどに共感できた。私自身もラジオ体操の習慣づけをしたりコンビニジムに通って筋トレ習慣をつけるようになったり、食事改善のためにアスリートの栄養学の本を読んで料理に使う野菜の選択肢を考えていた時のことを思い出しながら読んでいた。

文中では、どんなに工夫を繰り返しても体調がよくなったり悪くなったりを繰り返している様子が描かれていて、まさに自分も今近い状況で苦しんでいた時期だったためこれも本当に共感してしまった。自分の身体に裏切られ続けるという感覚が本当にわかる。

ちょうどこの本を読み進めていた頃はゆっくり座って本を読む元気もなくてドライヤーで髪を乾かしながら毎日10分ほど読むのを繰り返していた。
読み終わった頃には上記のツイートのように「自分の体力を高く見積もりすぎるのはやめよう」という気付きを得ることができて、少しだけ元気をもらえた。そこから少し体調がよくなった気がする。(ちょうどPMSが落ち着く時期と重なっていたというのも入っているとは思う)

この本を通して、その人なりの健康の向き合い方がそれぞれあるということが知れたのが良かった。
虚弱の話をするということは自分の弱みをさらすことでもあると思っていて、本人も「書きたくないことも書いた」ということを繰り返し述べられているのが印象的だった。その上で、ここまで丁寧に言語化されていることに関して尊敬している。
この本を通して自分の「虚弱さ」を認められるようになったことで少し体調が楽になった人は私以外にもいるんじゃないかと思う。

もう一つ刺さった話がある。著者が中高時代に場面緘黙症だったことで他人とのコミュニケーションに苦しんでいたという話。私自身も特に中高時代は吃音が特に重かったので当時のことを脳裏によぎりながら読んでいた。以下の吐露を読んで、そうなんだよな、周りも困ってるだろうけど自分も困ってるんだよな……と思い出していた。

「そういう問題じゃない、と思った。私の普通じゃなさに私自身も周りも困っていて、なぜ喋らないのかと散々問いただしておきながら、障害だと言うと慌てて私の普通な部分を探して強調し、普通じゃない部分は都合良く個性として扱おうとする。私は普通になんてなりたくないし、個性なんてどうでもいい。ただ、わざと喋らないのではなく喋れないのだと、わかってほしいだけなのに。」
—『虚弱に生きる (扶桑社BOOKS)』絶対に終電を逃さない女著 https://a.co/2qrgg52

それでも、大人になってからの方が生きやすくなっているという話を書かれていてそれも共感していた。
私自身も、壁にぶつかることはあれど自分でコントロールできることも増えたし、コントロールできない要素に対しても工夫して向き合うことで人生を楽しむ余裕を持てるようになったと思う。当時のような、どうにもできないぐらいの困り果てるような感情はもうなくなった。

そのような感じです。この本を通して自分語りをするような内容に結局なってしまった……。でも、それぐらい自分語りしたくなるぐらいの衝撃を受けた本に久々に出会うことができてかなりテンションが上がった数日だった。
冬コミに出す配信エッセイのモチベもかなり上がったのでやっていきたい。