桐生あんずです

京都在住大学生のブログです。日常やプログラミングについて書いてます。

庭いじり

最近バイト先で作業しているときにターミナルで長いコマンドを叩いていると、手が疲れるしちょくちょくミスるしたまに忘れてめんどくさいと思うようになってきて、どうにか効率化したいと思い~/.bashrcの中でaliasの設定を書き加えて短縮コマンドを用意する技をやっと覚えるようになった。

一例

設定したと言ってもRailsやgitまわりでよく使うコマンドを以下のように短縮させたぐらいなのだけれど、自分の中ではとにかく便利になったように感じられて、短いコマンドでどんどんターミナルを動かしていくのもオタクっぽくて良い。

alias gl='git l'
alias st='git st'
alias push='git push origin HEAD'
alias pull='git fetch -p && git pull'

alias t='bundle exec rake test'
alias r='bundle exec rake routes'
alias testlog='tail -fn100 log/test.log'
alias s='rails s'
alias c='rails c'

こうやって効率化する作業を試行錯誤しながら進めていくの、庭いじりみたいな作業で面白いな〜と思っていたら友達が以下の記事で今の使っている環境を教えてくれた。すごい。

sakahukamaki.hatenablog.jp


zshとpecoを触っておくと色々便利で楽しそうな感じなことが分かってきたので以下の記事を参考にしながら入れてみた。今までbashしか使ったことがなかったので割と大きな一歩にも見える。

qiita.com

qiita.com

ここら辺の記事を読んでいると「ghqも入れると良いよ」とだいたい書いてあって、じゃあ入れてみるか〜と思い導入してみた。
これでCtrl + r でコマンド履歴の一覧が出るようになり、Ctrl + ] でghqの管理下のリポジトリの一覧をシュッと眺めて移動できるようになったのだった。めでたい。

便利そうになったようにも見えるけれど、実際使っていかないと手が慣れなくて作業効率が下がりそうな予感もするので実際に触って使いやすくカスタマイズする必要がありそう。


とりあえず直近の庭いじり作業としては、テストを手動で回すときに個別でファイル単位やブロック単位で実行する際、以下のように書くのが地味にめんどくさくて嫌なのでファイル名やブロック名だけを書いて引数として渡すだけでテストが走るコマンドを用意したいです。明日か明後日の自分頑張ってほしい。

rake test TEST=test/sample_test.rb
rake test TEST=test/sample_test.rb TESTOPTS="--name=test_sample_2"


そういえば退勤前に以下のような大喜利を思いついて勝手に一人でニコニコしていました。参加してくれる方いないかな。

C97で初めてサークル主として出店&留年をテーマにした新刊コピー本を出しました

桐生あんずです。

コミックマーケット97の3日目にサークル参加しました。場所は評論島でした。

 

今までコミケには先輩のサークルに合同参加することが何度かあり、合同誌に文章を寄稿したり個人本を委託してもらうことはありましたが、サークル主として参加することは初めてでかなり違う体験のように感じました。Twitterや前日に参加していたインターネットの集まりで様子を見ていた方はお察しだと思いますが、大変なことはありつつも周囲の協力のおかげで楽しく参加することができました。

 

前日から当日朝の状況

11,12月は予想以上に忙しくなってしまったことで、進捗がかなりダメな状況になり破滅の足音が秒読み寸前という感じでした。

本文作成もギリギリで印刷は全く終わってないという気が狂った状況に陥っていました。

また、前日は毎年参加している京都のインターネットの人たちの忘年会があり、周囲の人に「これから印刷して始発で行くんですよね」と言ったらとても心配され(面白がられ)ていました。

その日は3次会のカラオケに2時半まで参加し、朝5時までコンビニ印刷作業を終わらせて朝の新幹線の始発に友人で売り子として協力してくれることになったid: sora_hと一緒に乗って東京のコミケ会場へと向かいました。睡眠という概念が消滅してしまった。

 

イベント中の出来事

そらはの助力によりサークル入場の時間までにはなんとか間に合い設営完了までたどり着くことができました。

 

 (諸事情があり新刊は会場内のセブンイレブンで印刷をして11時頃デプロイされました)

 

新刊のタイトルは「留年と闘う」で、留年への感情を爆発させた16ページのコピー本です。値段は200円に設定しました。

kiryuanzu.booth.pm

コピー本ですが、本として刷ってみるとそこそこインパクトのある見た目になったようで立ち寄った人が「『留年と闘う』だって、うける」とボソッと言いながら手にとってくださったりそのまま立ち去られたりなどの光景が多く見られて楽しかったです。

 

技術書典8で新刊として出した就活本も好評だった模様で、15~16冊ほど持参した既刊の物理本が2時間ほどでなくなってしまいました。

kiryuanzu.booth.pm

17冊ほど用意した新刊の留年本もその流れですぐになくなってしまい完売状態になり大変びっくりしました。

 

 本が完売した時に言ってみたかった言葉だったのでちょっと嬉しかったです。

その後も14時前くらいに7冊ほど留年本を増刷しましたが、すぐになくなってしまいました。どうやら評論島は別の島で目当ての本を買ってから来る方が多い模様で、14時~15時が一つの時合みたいです。勉強になりました。

 

その後も就活本のダウンロードカードが10部近く売れて、合計で40~45部くらい本が売れた感じになりました。前日の破滅の状況から考えると想像できない成果で本当にびっくりしました。

 

関わった人たちとか印象的な出来事とか

とにかく今回は移動から設営、売り子業と撤収までそらはにお世話になりすぎて頭が上がらない状況です。私なんかが言っていいのかアレですが本当に仕事が出来る子です……!

そんな子と一日一緒に行動を共にしたことでコミケのサークル参加のノウハウや会場の雰囲気の流れについて色々知ることができたので、次はもっと自立して動けるよう頑張ります。

また、ちょくちょくお世話になっている近藤佑子(id: kondoyuko)さんのサークルがお隣ですごく安心感がありました。

 

お客さんがいない時に雑談して本の感想を伝えあったり、近藤佑子さんのお友達で私もちょくちょく仲良くさせていただいている櫛ヶ浜さんが売り子としてやってきてワイワイできたり本当に楽しかったです。

 

パチュリーコスも本当に素敵でした。近藤佑子さんがよくエントリで書かれている自分磨きの哲学の話がすごく共感できる部分があって、その活動の一片をこの目でみることができて良かったな〜と個人的に思いました。

kondoyuko.hatenablog.com

 

また、よくインターネットで関わっている方々がブースに遊びに来てくださって本を購入していただけたり、お菓子を恵んでいただくなどがあり大変ありがたかったです。

 

こういった体験はすごくコミケ感があって好きです。こういう場で一気に色々な人と会えると年末感が増すな〜となりました。

 

今後の展望

思った以上に成果のあったコミケで楽しすぎたので、懲りずに出そうかなという気持ちになっています。やるとしたら今回出した留年本のブラッシュアップ本かなという気がしています。その時には卒業しているはずなので、卒業本になるはずです。

 

今回コピー本で出してみて、やっぱりもっと就活本レベルのボリューム度かつ綺麗な製本をして売りたいな〜という気持ちになったのでもっと計画的に動いて印刷所の方にお願いするようにしたいと思います。目指せ早割入稿……。

今回留年本を買っていただいた方には割引するなどの仕組みを作りたいと考えているので、もし現段階で気になる方は留年本を先に買っていただけるととても幸いです。(宣伝っぽくなってしまった)

kiryuanzu.booth.pm

 

そんな感じで楽しいコミケでした。そしてエントリを書いてたら年が明けていました。あけおめでした〜。

 

好奇心を持ちながら生き続けること(サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー1日目)

桐生あんずです。この記事はサークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー1日目の記事です。

adventar.org

私の中の時空が狂った結果2日目に投稿することになってしまい、id:silloiさんの「感情会計学各論」が実質1日目の記事になっています。申し訳ございません。

silloi.hatenablog.com

 

はじめに&近況

京都大学サークルクラッシュ同好会の関係者が様々な自分語りの記事をリレーブログ形式で投稿するという企画という体で始まったこのアドベントカレンダーですが、桐生あんず主催としてはこれが最後の予定のつもりです。

ちょっと寂しいですが、今年度で大学を卒業するということもあり、そろそろ後輩に託していかねばなりません。2014年度に入ったこのサークルにも気付いたら約5年ほど在籍していたことになります。

その月日の中で自分がメインで関わっていたサークル群は現役の大学生がいなくなりほぼ消滅状態になってしまったり、気付いたら全く違う活動内容のサークルに変貌してしまって関わる方法がなくなることなどがありました。2回留年して大学という場に居続けたことで大学サークルのコミュニティって5~6年の中で本当に変貌するんだなあという気づきを得ることができました。良いような悪いような。

 

サークルクラッシュ同好会に入ったきっかけも、この企画を始めたきっかけも、Web界隈のアドベントカレンダー文化を眺めている内に「やってみたら(関わってみたら)面白そう」というふとした好奇心から始まったものでした。

 

好奇心を大学生活6年持ち続けた結果

なんとなくですが、自分は「何かを始める」といったことは抵抗感がないように思います。そして興味があれば割と長く続けることができるような側だと思っていました。しかし、その反面「これを一生続けたい」と人生に軸に思えるようなものは本当に今あるんだろうか?と時折ふと唸る時があります。

その中で、とにかく目に付いたものを触りだした結果、今後のキャリアの成長に結びつきそうな勉強やアウトプットがおろそかになってしまっていそうな怖さも出るようになり、「今の自分の方向性で大丈夫なのかな?」となんとなく不安を感じることが前より増えたように思います。

 

東京に就職が決まり、大学を卒業する必要が出てきたことで京都から東京へと生活拠点が変わることが確定した時、正直なところ、安心する部分の方が多かったのでした。

確かに京都で得たものは沢山あって、手放したくない人間関係や物事は多くあります。それでも、「今の環境の自分で居続けること」に対して何か怖さもあってポジティブな方向の気持ちで新天地へと向かいたい気持ちは増していっています。

場所を変えたからといって全てが変わるという訳では決してないけれど、大学のことを考えながらバイトのことも考えたり、本製作のこと、更にはサークルや勉強会周りや個人的な人間関係のことに時間を割いている今の状況ははっきり言ってキャパオーバーなのではと心の中にいる自分がささやき始めているような気がします。*1

「言うてもあと3ヶ月だし」と思えば続けられるけど、1~2年続けるということになったら普通に気がふれていそう。

そう考えると、引っ越しをして新しい仕事とコミュニティに関わることはある程度良い生活のリセットになるように感じるのでした。

サークルクラッシュ同好会の象徴的存在のホリィ・センはこういった好奇心で様々なものに関わり、それによるキャパオーバーで頭がおかしくなりかけて時折メンヘラっぽくなっている人を「多動の人だよね」とちょくちょく表現しているのを見ます。

どうでもいいけど、ホリィ・センの「多動の人だよね」発言をこの6年で15回くらいはくらい目にしたような気がする。

 

 

人生の一つの区切りの寸前に立ってみて

そのように、今の生活の様子を「人生の一つの区切りの寸前」を表しているように感じて、オイオイ桐生あんず京都編最終章か?という心境になって「は?私はまだ終わらねえぞ〜」と頭の中でモヤモヤしだすのですが、そんな時に清野とおるの「ウヒョッ! 東京都北区赤羽」の最終巻を読んだ時にハッとするものがありました。

 

 本書では、今まで通り著者の清野とおる氏が謎の出来事や人、場所に遭遇してレポートするエッセー形式で話が進みますが、今まで関わってきた方々の死やペイティさんの行方不明といった思い話が存在感を出しています。

ワニダさんとGLAYのメンバーの交流やライブ参戦のレポートといった明るい話もありつつも、清野とおる氏が「赤羽は昔と比べて混沌とした街ではなくなった」ということを伝えている場面が印象にとても残りました。エッセー漫画の最終巻だからそうなるのも当たり前なのかもしれませんが、「過去と現在の変容」をすごく強調しているんですよね。

そうであっても、作中で清野とおる氏が通りすがりで興味を持った異常っぽい人々を見つけ出して声をかけたり調査し続ける姿があまりにも楽しそうなのを見ていると、「いつまでも好奇心を忘れてはいけない」と思わされるのでした。

そんな風に心を動かされた数週間後に、清野とおる氏は壇蜜氏と結婚して一応の人生の転機を迎えており、何かが終わっても何かが始まり続けるんだな〜と更に思うところがあったのでした。*2

 

まとめ

このような「人生の一つの区切りの寸前」の生活に対して、モヤモヤしたりソワソワする心境を書き綴る記事になってしまいましたが、今後の新生活でも好奇心の終わりと始まりを繰り返して生き続けるんだろうなと確信しています。なので、人生で楽しいことはまだまだいっぱいあるように思います。

その前に区切りを気持ちよくつけるためにやるべきことを3月までにこなしていく生活をやっていくぞ〜という状況です。このアドベントカレンダーの執筆タスクもその一つでした。読んでいただきありがとうございました。

(なんてかっこつけたことを言っていますが、投稿が遅れてしまいダメダメな感じです!!!改めてすみませんでした!!!)

 

3日目の記事は藍鼠さん(id:indigomou5e)による「安全地帯からマゾをやるFAKEマゾ男が嫌いな話」です。

*1:このアドベントカレンダーの投稿に遅れている時点でもうその予兆が出ているのでは?

*2:インタビューによると本人同士は「現状維持のため」に結婚したとのことですが、それでもこの出来事は「変化」であるように思えます

Rails Girls Kyoto 10thにコーチとして参加しました

桐生あんずです。Rails Girls Kyoto 10thにコーチとして参加しました。その時の話の記事です。そして滑り込みでRails Girls Japan Advent Calender 1日目の記事にもなっています。

経緯

 

はじめに


RailsGirlsのイベントには2017/3に参加者として、2018/12にはオーガナイザーとして2回ほど関わってきましたが、今回はコーチとしての参加でした。

kiryuanzu.hatenablog.com

kiryuanzu.hatenablog.com

サークルの友人を集めた身内向けの勉強会でコーチ役っぽいことはちょくちょくやっていましたが、Rails Girlsという確立されたワークショップ形式の勉強会で初対面の方にプログラミングを教えるのは初めてであり、ちゃんとコーチとしての役目を果たすことができるのかドキドキな心境の中でコーチ業に挑みました。

 
どんな風にコーチとして動いていたか

RailsGirlsにはRails Girls ガイドというチュートリアル形式の教材が用意されていて、その教材を2日間の中で参加者の方と一緒に進めて学んでもらう構成となっています。今回もこの流れに沿って進めていきました。

 

実際に進めていくと、チュートリアルに書かれている内容以外にも参加者さんからたくさん質問をいただきました。話を聞いていると、この勉強会に参加する前にProgateなどの教材を自分で進めて学習していたとのこと。

 

という状況もあり、ただシンプルにガイドを一緒に進めていくというよりかは、Railsの世界観とWebアプリケーション開発の流れについて深く知ってもらえるようにお話をすることが多かったように思います。

具体的には、できるだけわかりやすくRailsで使われているライブラリがどんなものがあってどのような役割を成しているのかを色々紹介したり、図を用いてHTTPプロトコルについて簡単に説明してリクエストとレスポンスという概念を知ってもらうことで、「Webアプリケーションを動かす中で裏側では何が起こっているのか」を学んでもらえるように意識しながら話をしていました。

 

他にも、実際にガイドを進めていく中でエラーが起きた時にbyebugを使ったデバッグの流れを体験してもらうなど実際の開発に役立ちそうなことをできるだけ知ってもらえるよう動いていました。

 

 

参加者さんとの会話の中で、「一人だと分からなかったことが分かって嬉しい」と何度も言っていただけたことが印象的で本当に嬉しかったです。

そして、後日ブログの方でも参加した際の感想を述べていただきました。早速書いてて素晴らしすぎる。

コーチとして関わった上で参加者の方に感想記事を書いてもらうのも初めての体験で、なんだかすごく新鮮な気持ちで見ることができました。自分が参加者だった時にコーチ側で立っていた人たちの気持ちをちょっとだけ知れたような気がします。

eri2490.hatenablog.com

 

コーチとして参加してみての所感

これは個人的な感覚なのですが、自分が参加した2年前の時と比べると参加者側の方の事前の学習レベルがかなり高くなっており、プログラミングを独学で勉強できる環境がどんどん整ってきているんだな〜ということを実感させられます。(今回コーチをする際に「当時の自分はここまで高度な質問をしていただろうか……?」と何度も感じました)

 

ただ、独学でチュートリアル形式の学習を進めていく中で「一人だと分からない(もしくは理解に大変時間がかかる)」概念が登場して行き詰まることはやっぱり誰にでもあります。そういった時に、Rails Girlsのようなコミュニティに関わって現役のエンジニアの方に質問をできる機会を得ることは本当に価値のあるものだと思います。そしてこれからもどんどん関わっていくことで更に素敵な出来事に出会えるはずです。

もちろん何も知らない状態だけど、飛び出してみる、ということも素晴らしいことです。実際私も最初はそうだったので……。

こういった会に参加することで、ひた向きにエンジニアを目指している方々を見ることでこちらも頑張っていこうという気持ちになりました。というか気を抜いたら追い抜かされそうな焦燥感なども良い意味で沸いてきます。

今までの振り返りっぽいものとこれから

Kyoto 9th の時にオーガナイザーとして関わった時はあまり深く意識することはなかったのですが、今回オーガナイザーとしてイベントを開いてくださったyukinoさんの姿を見て「これからコミュニティにもっと関わりたいと思ってくださっている方」がオーガナイザーとして関わることで、新しくいろんな人たちと知り合うことができたりエンジニアコミュニティに更に深く関われるきっかけにも繋がり、すごく良い循環だなあと感じました。

今振り返ってみると、自分もオーガナイザーとして関わったことで今得られていることは沢山あるように思えるので、今回の参加者さんもぜひオーガナイザーとして関わることにチャレンジしてもらえたらな〜と強く思います。

また、コーチとして関わるようになった今でも成長させてもらっている感覚は続いています。

(今回教える側に立ったことで改めて自分がどこまで人にプログラミングやWebアプリケーションについて教えられるかを確認できた意味もあったように感じました)

そんな風なことを考えていた際に、自分が参加者として関わった7thのオーガナイザーかつ今回の10thでもスタッフとして関わっていられたにゃんこさんから大承認コメントをいただいたのを発見しました。こう考えると時間の流れが本当に早い……。

 

 

これはプログラミング以外の話でもあり得ると思いますが、「◯◯をやりたい・学びたい」と感じた時に「先達の方々」と交流する機会がいずれ発生します。その中で「その人たちは信頼できる大人たちかどうか」は本当に重要なポイントだと思っていて、自分の中でRails Girlsとそれらを取り巻くコミュニティの人たちが「信頼できる大人たち」のポジションだったように今も感じています。

そういった経験があることで、色んな場所でプログラミングの勉強を頑張っている子と遭遇するたびにRails Girlsの存在を教えています(沖縄旅行の時遭遇した琉球大学の女の子に勉強会の存在を教えたところ、その後Rails Girls Okinawa 2ndに参加されていたようで嬉しかったです)

 

来年から東京で新卒Webエンジニアになり、取り巻く環境もほんの少し変わっていくと思いますが、以前の自分のような学生の子達が信頼できる大人たちに遭遇できる場所を提供できるお手伝いは続けていけたらと思うようになっています。

 

その上で、今後もRails Girlsコミュニティにも貢献できるようにやっていくぞ〜、という気持ちです。ありがとうございました。

 

立命館大学生協ブックセンター 近藤雄生『吃音』刊行記念トークショーに行った

注: この記事は2019年6月ごろに下書きで残していた記事を2019年12月に発掘してある程度追記したものを投稿したものです!!!!!

 

立命館大学生協ブックセンター主催の近藤雄生さんのトークショーに行ってきました。すごく良かったので記憶が鮮明なうちに感想を書き残しておきます。

 

話の流れ

前半が海外の旅での話で後半が吃音と人生についての話。

26歳に就職活動をスルーして結婚と同時に海外への旅をし始めて32歳まで世界を回る生活をしていたとのこと。

自分はあまり海外に行ったことがないので凄いな〜という気持ちでただ聞いていたのだけれど、東南アジアだったら年収30万円でも自由に暮らせるし、5〜6年世界を移動し続けても500〜600万くらいしかかからなかった話を聞いて思ったよりリーズナブルなのだなと感じた。

上記の生活の中で海外での過ごしやすさや文化についての話も新鮮なものが多く、日本から出て海外で働いているエンジニアの人たちの動機が少しだけ理解できた気もする。

 

 

後半は執筆された『吃音』についての話。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/book/352261/

 

この本を執筆するにあたって、さまざまな吃音当事者に出会って話を聞いてきたけれど自分が吃音に対して悩まなくなった現状だったからこそ出来たことだったかもしれないということが印象的だった。

理由として、もし吃音に悩んでいる状態のままだったら、当事者間のコミュニケーションのようになり、深刻さが増してしまうのではないかということ。

実際に自分から見ても、吃音当事者同士が吃音についての悩みを語る際、症状の重さや様々な人生背景が当事者それぞれで悩みの度合いが違う故に、自分や向こうを傷つけることになりそうな怖さを感じることがあったので強く共感させられる部分があった。

 

別のトークショーで共演した重松清さんの話も紹介されていた。参加者から重松さんへの質問で、「もし今の人生と吃音症がなく作家になることはなかった人生を選べるとしたらどちらを選びますか」と聞かれて重松さんが「吃音がある故の進路形成で何か大きなものを残せたとしても、何も残さなくても吃音がない人生が選べるなら選びたかった」とコメントされていた、という話をされていたのがとても印象深く、吃音がある故に身に付けることができた言語能力や他者への共感力によるアウトプットで素晴らしい作品を生み出して大成してきた作家の方でもそういった葛藤を持っていることが衝撃的だった。

 

ただ、私の中にも重松さんの気持ちはなんとなく分かる所があって「あそこでもっとうまく話せていたらもっと人生が変わっていただろうな」と感じる局面は多々ある。そんなことを考えたらキリがないので普段はあまり思わないけれど、精神的に割と参っていた就活の時期にはやはり思うところは何度かあった。

それでも、自分が吃音が出始めた10年前に比べたら「吃音」という概念への理解は本当に進んだ実感があって吃音当事者を取り巻く世界は確実に変わりつつあると思う。

そういった変化が産み出される過程の中では、過去のエントリでも紹介した伊藤亜沙氏の「どもる体」や押見修造氏の「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」、菊池良和氏の「吃音の世界」を始めとした吃音に関する書籍が世に出るようになったことが大きく関わっていると私は強く思う。

 

kiryuanzu.hatenablog.com

 

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

 

 

吃音の世界 (光文社新書)

吃音の世界 (光文社新書)

 

 

そして、近藤雄生氏の「吃音: 伝えられないもどかしさ」も吃音者が取り巻く世界を伝える情報の媒体として重要な役割を成す本であると私は思う。

吃音: 伝えられないもどかしさ

吃音: 伝えられないもどかしさ

 

 

地元に対する感情

 

ちょくちょく地元に対する感情を吐露しているのでなんとなく言語化したくなってきた。上記のツイートから見るように「地元メッチャ好き!!!一生ここに居たい!!!」といった感性は消失している人間だと自己分析している。とはいえ、地元に住み続けている親との関係は現在は良好だし、帰省するたびに会いたいなと思う友達は何人かいる。

(でも、年々連絡を気軽に取れる友達は減ってきていると思う。一番仲の良かった友人は男と一緒に金沢に行ってしまったし。確認してないけどもうすでに結婚してそうな予感もする。)

 

自分がなぜこうなってしまったのだろうかと考えると、やはり中高時代と比べて今の環境の方が気兼ねなく話せる友人たちが周りに多く、単純に地元にいるときよりすごく気楽なんだと思う。

中高時代も楽しかった思い出はある。そうであったとしても、学校という閉鎖的な環境がもたらしているのか田舎の陰湿さゆえなのかわからないけれど、ことあるごとに「異端」寄りの人たちを目に見えて排除したがったり面白がる空気が蔓延っていたように思える。自分がその対象になることは基本的にはなかったけれど、時折すごく怖くなっていたし、自分がその状況を受け入れていて過ごしていることが恐ろしかった。

また、親や祖父母もその時は自分が地元で公務員になることをとにかく望んでいたように見えた*1ので、自分の将来を地元で強制的に決められてしまいそうな閉塞感からとにかく脱したくて、大学進学時に長野からは絶対に出たいと思うようになっていた。その時から信大*2に行こうとしている人たちの気持ちが全く分からないようになっていた。

 

上記のような出来事があったことで地元で一生住み続けたいと思えるような感性が消失していったと考えているけれど、決して地元が嫌いなわけではない。

エンジニアコミュニティの世界に入った時にちょうど実家のそばに「ギークラボ長野」というワークスペースがあることを知り、帰省時に何度かお邪魔させていただいた。地元のエンジニアの人たちとお話する機会があったのが嬉しくて、「長野にこういう場所がもっと増えたら面白いだろうな」と純粋にワクワクする気持ちがあった。最近だと、Rails Girls Naganoが開催されていたのもすごく嬉しかった。

来年のRubyKaigiの開催地に松本市が選ばれたのを知った時も、自分の出身県が開催地になることに高揚感を覚えていたと思う。開催はまだ半年後だけれど、松本市で公務員をしている父親と松本の地理事情の話でちょくちょく盛り上がっている。

 

という感じで、今現在は地元に対して良い距離で向き合えているような感覚がある。

 

また、これは別の機会で書きたいけれど自分の中には潜在的にマイルドヤンキー寄りな感性が潜んでいる気がして、そういった文化や付き合い方を無意識に好き好んでいるように思えてキラキラ都会生活志向があるわけではないな、とふと考えるようにもなっている状況でもある……。(ここはツッコミ所が発生しそうな話だと思うので多くは書かない)

長野には帰らなくても、将来的には地方や郊外に住んでいる未来もありそうな予感もしている。

 

*1:今は東京でWebエンジニアになることを応援してくれているのでそういうことはなくなった

*2:長野県の中で一番大きい国立大学

沖縄に行ってきた

桐生あんずです。これは先ほどの記事から1週間ほど前の出来事のお話です。

 

9/12(木)~15(日)に沖縄に行っていました。

経緯

沖縄のエンジニア界隈の人々がなんだか楽しそうな雰囲気だったのと、友人が今年の4月から沖縄のIT企業に就職したので元気にしているかどうか見に行くことにした

 

沖縄は遠そうだしお金もかかりそうだな〜となんとなく思っていたけれど、実は新幹線で東京を往復する費用よりもそこそこ安い航空券が普通にたくさんあって「あれ、実はそんなに大変ではないのでは?」と思うようになってきた。大学卒業して社会人になったら気ままに一人旅行する時間も取れなさそうだし、じゃあいってみるかーとなった。

 

1日目

 

 この海を見て「え〜綺麗な海もっと見たい!!!」と沖縄へのアツい感情が高まってきたが、実はこの海が旅行中に自分が見た中で一番綺麗な海であったことを筆者はまだ知らなかったのであった。

 ゆいレールを使い県庁前駅までたどり着き、その日泊まる予定のあるホテルがある国際通りに到着した。

その時はテンションが上がっており、DiDiを使って国際通りから10分ぐらいで行ける波ノ上ビーチに行った。しかし、割と普通の海水浴場だったのと交通マナーが異常に荒れていて横断歩道を渡るにも自分が歩こうとする前に車がビュンビュン飛んできて、渡るだけでもかなりの一苦労という悲惨な状況で30分ぐらいですぐに帰ってきた。

あと、海のそばの公園で猫を眺めていたらエサやりをしている現地の老人たちが話しかけてきて「一人で旅行してるの?大丈夫?」とおじいさんが話しかけてきて適当に返してたら、おばあさんが「こいつはナンパ野郎だから無視していいのよ」とツッコミを入れてきて、おじいさんが「おれは善意で〜(以下略)」という返しをするといった、こちらとしてはただ大人しく苦笑いしていることしかできないコミュニケーションが発生してちょっと疲れたというのもあった。 

 

国際通りでも人に話しかけられそうな感じがあって、上記のような体験でコミュニケーションする気を失ってしまい以下のような状態で過ごすようになっていた。

荒れた時間になる前に国際通りで夕飯探しをしていたところ、「今ならハイボール1杯無料だよ」と居酒屋のおじさんに声をかけられて他に見るところもなさそうだったのでハイボールをあおりながらソーキそばを食べた。

 しかし、1週間後に控えた技術書典で出す本の原稿作業をするために、これ以上酒を飲むことはさすがにためらったのだった。

 ホテルで作業をしていると、オリオンビールが羅列された自販機があって「ああ、沖縄にきたんだな」という実感を得た。(しかし原稿作業があるため健康ミネラル麦茶で我慢した)

 ホテルのラウンジは小ぎれいな銭湯の集会所といった雰囲気で、Wi-Fiもあったので最高の環境だった。オリオンビールで酔っ払って寝転んでテレビを眺めているおじさんや親子旅行だと思われる女性2人を横目に見つつ、ずっと原稿作業をしていた。

 

2日目

せっかく沖縄にきたのだから美らうみ水族館に行きたい、という気持ちが湧き上がってきたがバスで往復4時間という厳しい状況だったので我慢することにした。原稿作業をしないと死。

 そういったことを考える中で、自分は一人旅行自体はそこそこ楽しめる部分もありつつも、自然の風景や観光地に行く場合は複数人の方が楽しめる気がするな、という気付きを得るようになってきた。

 

 

というわけで、結局2日目も国際通りでだらだらすることにした。

数年前にサークルで沖縄に行った時のタコライスがどうしてもまた食べたくて行ったところ、なぜか12時になるまで空いておらず、お腹が減りすぎて別の店で食事をしてしまった。ちなみに3日目も同じ状況でこのタコライス屋には結局行けなかった。沖縄時間に対して悲しみの感情が湧き上がってくる体験だった。

 

それでも、作業のお供に買ったジャージー牛乳味のドーナツ棒が美味しかったのでまぁいいかという気持ちになった。

夜は別のタコライス屋に行ったのだけれど、あまり自分が好きな味ではなくてあまり覚えていない。

ホテルに帰って公衆浴場とサウナを満喫した後、深夜3時まで原稿作業をしていた。

 

3日目

今回の沖縄のメインイベントであるokinawa.pm当日だった。

okinawapm.connpass.com

宜野湾市にある琉球大学が会場ということで、国際通りから宜野湾をタクシーで移動した。DiDiのクーポンのおかげでほんの少し安かった。

ちなみに、宜野湾に行く前にソーキそばを食べたくて以下の店に入った。

tabelog.com

はっきり言うと今回の沖縄旅行の中ではこの店の料理が一番美味しかった。しかもかなり早めに開店していて沖縄時間が無効化されていた店だったのもポイントが高かった。もしまた誰かと沖縄に行くとしたら、この店を紹介したいと思う。

 

琉球大学に到着してうろうろしていると、アナグラくんとうにまりもくんがやってきて会場の中に入れてくれた。二人とも沖縄風のアロハシャツを着ていて沖縄に染まっているようだった。(しかし2人とも県外出身者)

 okinawa.pmでは就活本の宣伝と3/27~28に行われるYAPC::Kyotoの宣伝をほんのちょっとだけした。(宣伝しまくりである)

自分以外の発表の方々は、筋トレを徹底的に分析した話やPerlConに行くために海外に行った話(papixさんの素敵な写真がたくさん登場していた)を聞いてたり、複素数太郎がいつも通りのテンションで正規言語の話をしていたりで楽しかった。

Perl入学式参加者の大学生の女の子とも知り合うことができ、Rails Girlsコミュニティについて教えていたりした。就活本にも強く興味を持っていただけたみたいで、ちゃんと書き切ろうという想いが強まった。

 

その後の懇親会では泡盛を水割りで飲んだり、2次会で宜野湾トロピカルビーチまで向かい泡盛コーヒーを飲んだりしていた。

 

 海でワイワイしていたらhanachinさんが破滅してしまい、浜辺で穏やかな寝顔を向けたまま倒れ込んでしまった。

 

ちなみに私はなんとかnot破滅で済みました。泡盛は水のように飲めてしまいそうなお酒で、もし気を抜いていたら危なかったかもしれない。

やっぱり人々と海に行くのはエモい気持ちになれて楽しかった。遠くを眺めると釣り人が電光ウキで釣りをしているのが見れたりと、やっと海に来れた感じがあった。(1日目も波ノ上ビーチには行っているけれど……)

 

4日目(最終日)

3日目に海に行った時はすでに真っ暗で青い海を眺めることはできていなかったので朝にフラッと宜野湾トロピカルビーチに立ち寄ってみた。

しかし、大雨が降っていてあまり綺麗な海を見ることはできなかった。そのまま帰りの飛行機の時間になりそうだったので、再びDiDiを使って那覇空港に戻り飛行機に乗って関西へと帰還したのでした。

 

まとめ

沖縄、車を運転できないとあんまり沖縄っぽいことはできないかもな〜と感じつつも2日間ほど知らない街でホテル住まいしながら原稿作業と観光街での食事とサウナ浴を繰り返す生活は普通に楽しかった。

3日目も、沖縄に住んでいるエンジニアの人々と交流ができたことで、沖縄のITコミュニティ事情をなんとなく知れたり、共通の知人の方についてのお話が聞けたりと情報量が多く楽しかった。川に行く感覚で海に行けたのも良かった。

そんなこんなで楽しい思い出を作ることができた気がするわけで、今年の夏休みの中で忘れない出来事の一つになったのであった。