桐生あんずです

エンジニア二年生です。日常やプログラミングについて書いてます。

わたしとインターネット #はてなインターネット文学賞

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

中学1年生の頃、クラスに居場所がなかった。その当時のことを今でも負の記憶の一つとして強く心に刻まれている。なんでそうだったのか、といった理由を言語化すると胸が苦しくなってうまく吐きだせないけれど、一気に自分が吸っていた空気とは全く変わってしまったように思え、それから輪にかけるように一気に人と話せなくなってしまった。

その頃に出会ったのがラグナロクオンラインというネットゲームだった。 当時うまく話すことのできなくなってしまった自分にとって、テキストだけで話せる世界はすごく気楽でゲームだけの関係だからこそ人格に深く踏み込まなくてもよくて、私の居場所はここにあるようにごく自然に思っていた。周りは自分より一回り離れた大人ばかりの世界なのに対等に話すことができて、みんな自分のことを受け入れてくれていると自信を持ち学校ではできなかった自己開示のコミュニケーションをができるようになっていた。今思えば、それは大人からの優しさに甘えていただけだったりゲームの世界だからこそ現実世界よりも不和の発生する要素が少ないのが大きい理由だったかもしれない。たとえ不和が発生しても関係をすぐに切ることができたりゲームだからそういうこともある、と割り切りやすかったのもあるだろう。

中学2年になって友達と呼べそうな人は増えたけれど、やっぱり孤独感が強くてゲームの世界が自分の居場所だと思っていた。ただ、同じゲームを2年以上やり続ける人は中々少なくて自然と毎日交流することも減り、比例して現実世界で向き合うべきことが増えて自然と離れていった。当時仲よかった人のほとんどの消息は分からないけれど、僅かながらにまだ交流を続けている友人もおり、そのゲームのスマホ版の後継作を遊んだり年1,2で飲むような間柄になった。気付いたら12年も付き合いを続けていて、もうすぐその友人の当時の年齢を追い越しそうだ。 本当の居場所だと思い込めるぐらい膨大な時間を費やして結局やめてしまったけれど、あのゲームと出会ってネットのコミュニケーションを覚えたことは私の人生を変えた一つの大きな出来事だと思う。

中3や高校生の頃はAmebaTwittermixiをやり始めるようになり、そこでもネットコミュニケーションを引き続き楽しくやっていた。でも、大きく違うのは交流する相手は年も住んでいるところも違う大人たちではなく、同じ学校のクラスの友達へと変わっていった。やっとその時から現実世界にちゃんと自分の居場所があるように思えるようになった。 ただ、年頃の中高生によくあるネットで陰口を言うコミュニケーションも増えていき、それがグループの結束力を固める行動になることもわかっていたけれどひどいことをしてしまったな、と当時の行いを後悔している自分もいる。

大学時代に入ってからは更にTwitterでのコミュニケーションが加速し、大学のサークルの知人や学外サークルの知人、社会人の人たちとも繋がるようになり、高校時代とは比較にならないくらい友達を増やすためのツールとしてTwitterをフル活用するようになった。ここから色んな人と友達になることができたと思うけれど、大学初期の頃は高校時代の名残でエッジが効いたつぶやきをしがちで大学のサークルの先輩の何人かからブロックされまくった時代もあったので黒歴史的な側面もある。しょうがないとは思うけれど、割とトラウマ化していて今でも自分の振る舞いは人から不快に思われていないかどうかをすごく気にしてしまう。

この頃から桐生あんずの名義ではてなブログを始め、イベントに参加した話や成果物の話、家族の話、本を作った話などを書いたら想像もしないくらい様々な人に記事を読んでもらえた機会が何度もあって新しい世界が拓けたような感覚を覚えた。この出来事があったことで外向けに発信する楽しさをより知ることができた。

また、この時期に父親に自分のインターネット活動が完全にバレてしまい母親に秘密にしながら自分のネット活動の話を実家に帰るたびに2人でこっそりするようになった。 親にネット活動を監視されるの、客観的に割と渋い話だとは思うのだけれど父親はこの時点まで私がインターネットの世界にどっぷり浸かることをあまり良いように思っていなかったはずで、たくさん心配させてしまったと思うので、やっとこうやって気軽に話せるようになって良かったなとも心の中で感じていたりもした。

就活の頃、面接で自分の志望動機をどう伝えればいいのかすごく思い悩んだことがあった。受けていた企業が学校に関わるサービスの事業をやっており、学校に絡んで自分がやりたいことをどう伝えたらいいんだろうと考えていた時に中学時代のことがふと浮かんできて、「そういえばあの時学校がめちゃくちゃしんどかったけど、インターネットのおかげで心が楽になって人生変えることができたよな」と腑に落ちたのだった。その気持ちを言葉に起こして、「過去の私のように学校で苦しんでいる人たちがインターネットの力で人生を変えられるようにしたいです」と伝えた。 その後、無事入ることができ、社会人になることができた。今でも社内の自己紹介で当時の志望動機を話す機会があると、揺るぎなくその話をし続けている。

去年から一緒に住み始めた同居人とも、やっぱりインターネットがあったからこそ通じ合える会話が多くあり、だからこそ一緒にいられる空気があるように思う。

会社でも家庭でもインターネットにどっぷりと浸かっているのは、別の生活圏の人から見たら不思議な世界かもしれない。ただし、インターネットを使った自己開示が当たり前の世界にずっと前からいたので全く不自然ではなくなっていると感じる。それが普通だと思っている人は私以外にもたくさんいるはずだろう(と思い込んでいる)。

きっとこれからもある程度形を変えることはあれど、インターネットの世界に居続けることは変わらないのだろうなと思う。