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桐生あんずです

京都在住大学生のブログです

「母と娘」という関係性は変わらない

明日で母親が長野に帰るということなので四条で買い物に付き合ってあげた。(自分がしたい買い物もあったから行ったようなものだが)

INOBUNや、何やら発色の良いものが沢山売ってる雑貨屋に行ったり、スマート珈琲でフレンチトーストを食べたりした。
そのあと京都BALに行き、適当に6階まで何かあるか探索したあと、丸善の本屋で本を買った。

京都BALに来たのは2回目だが、大変雰囲気の良い場所だなぁと思って母親に勧めてみたのだが予想通り気に入ってくれたので良かった。
道中、ずっと母親とは自分の京都での生活の話や実家の事情について話していたのだが、長野にいた頃より、母親が自分に対して言って欲しいことや言ってはならない事が掴めるようになってきたと感じる時がある。
それは今までずっと一緒にいた際は「まぁ家族なんだからお互い好き勝手に扱っても良いだろう」みたいな意識が根底にあって、お互いの個性を直視せずお互いがお互い自分のやりたい事をやっていたなぁと思う。例えば私が母親の趣味にケチつけることがあったり、それまた逆のの事もよくやられたり。
どんな事をしてきたとしても「家族なんだから良いじゃん」みたいな諦めのような認識があったんだろうか。

だが、長野を出て京都に住処を移してからは、母親をハッキリと「人格のある他者」として見るようになり、家族という立ち位置抜きの一個人としても見る機会が増えた。
それは物理的な距離を置いた事で精神的な距離も遠くなったように感じ、客観的に母親という人間を見られるようになった事が大きな要因なのだろうけれど、私が年齢的にも精神的にも大人になりつつあり自分の意見を強く主張する事も増え、「親と子供」という家族間の関係の中身が変わりつつあるのだろうか、とも思う。

以前、母親を「一個人」として強く感じるようになった事件があった。
まず、前置きしておくと私はどちらかというと父親寄りの感性だ。

今になったら本当にくだらない話だが、ある日私が眼鏡を買い換えることになった。その時母親が「これが絶対良い」と言いながら明らかに私のセンスに合わない眼鏡を推し進めてきた。
「いやそれは合わないから」と私が反対しても「このフレームなら寝た時に付けたままでも痛くならないから、あんたは絶対眼鏡を付けたまま寝る」と言い張って反対も虚しくその眼鏡を購入する事になってしまった。
だが、後日眼鏡が届きそのセンスが合わない眼鏡を付けた私の姿を見て、父親が大変憐れみ「そんなダサい眼鏡付けるのは可哀想だから」と言って安い代わりの眼鏡を買ってくれた。

その行為が母親の気に障ったらしい。

また、もう一つ問題があった。
その日は24時間TVをやっていた日で私はオタクによくいる(バイアスがかかった表現でよろしくないが)24時間TVが苦手な人種だった。
父親も同じで、「あれは⚪︎⚪︎を見世物にした偽善番組だ」みたいな事を毎年ボヤいていて私も昔は何も考えずに見ていたが成長して人格が作られていく中であまり良いとは思えない感情が沸き起こっていた。
だが、母親はその番組に関しては違う考えの持ち主だった。「大変な人が頑張っているのを見ると、自分も頑張れるように思えるから」とあの番組を自己の励ましに利用できる考え方を持っていた

だが、私はその日番組を見ながら母親に対して「あの番組、パパもよく言うけどさあんまり見ていて良い気分にならないんだよね。」とただ自分の考えを押し付けるような事を延々と述べてしまった。母親はずっと不快そうな顔で話を聞いていたり反論しようとしていた。
これが決定打だったのかもしれない。

その日母親は家出をしてしまった。

父親が探しまくった結果、運よく見つかったが帰ってきても家事をしたり、食事は作ってくれたとしても全く会話をしてくれなくなってしまった。その日ずっと父親とLINEで会議したが(声を出すと母親に聞こえるから)、父親も困惑気味で何が原因だったか理解していなかった。
最初は「お前がすぐ京都へ帰ろうとするからだ」と父親が普段通りの自分の勝手さを理由にしてきたが、私は今回は何か様子が違うと感じていたので「いや、これは私のせいでもあるしパパのせいでもあるかもしれないよ」と父親に伝えた。

予想は割と当たっていたらしい。

父親が母親に対してどうして怒っているのか聞いた結果、「メガネとテレビのことみたいだ」と私に教えてくれた。
多分、眼鏡を勝手に買い替えた件も、24時間TVの批判も、自分と私たちの感性が違う事から疎外感を感じ自分の中に閉じ篭ってしまったのだろうと思う。
ずっと家族だと思っていた近しい存在達が自分とは全く違う感性の存在なのだ。それを孤独に感じるのも母親の気持ちを考えると無理もないんじゃないかな、と思ってしまう。
でも、私達は人間なのだから『家族』である前に『他者』なのである。距離的に近い存在であっても明確な他人なのである。
よく家族との不和を起こしていた親友が言っていた「家族は血の繋がった他人だ」という言葉をふと思い出した。

家族であるけど他人でもある私達はそこから何をしたら良いんだろうか。
それは「許容」なんだろうと自分は思う。

もう終わってしまったことだから繰り返しが効かないが、例えば母親は私が自分の好きなメガネにしたいという話をもっと聞き入れても良かったし、私は24時間TVに対して母親が思う事をちゃんと汲み取って母親が嫌がるような余計な事を言うべきではなかった。(推敲して見直している時思ったが父親は要因ではあるけど深くは関わってない。私のとばっちり受けててちょっと可哀想。)

数日後、母親は今までの鬱状態はどこかに行ってしまったのようにケロッとして私達に対して話しかけるようになった。
多分、それは母親なりの私達を「許容」する心の準備が整ったからなんだと思う。
でも、私達はまだ母親に対してまたああなってしまわないだろうかと不安な気持ちが大きかったため、母親が前々から行きたがっていた(さすがに本人に直接的には言えないので建前では私が行きたいということにして)ディズニーシーへ行こうという提案をした。
その時も母親はあの時の態度はどこかに行ってしまったかのように普段通りに振舞っていたし、今もそれは変わらない。

父親は「あれは何だったんだ」と呆れていたが、それで良いと私は思う。

今までも私達は無意識的に家族に対して許容は行っていたのだろう。
でも、物理的に距離を置き、精神的な距離も開き家族を客観視する事を覚え、今までは無意識に許容していた事でも、
意識的に許容しなければならない事が増えてしまった。これからもそういう事は増えるんだろうな。

私は「ずっと付き合っていく家族なんだからしょうがない」という意識を少なからず家族には持ってはいるけど、実際は私の存在を許容してくれているから彼らを許容できる。
でも、誰もがそういうわけにはいかないんだろうなと思う。

もし、自分の存在を否定してきたり意思のそぐわない方向へ持って来させようとする相手なら、相手の考えを理解した上で許容しなくてもいい選択肢は必ずあるはずだ。

私は自分の事を許容してくれる家族に恵まれた存在だと思う事から、この選択肢を取っているだけに過ぎないだけであるのを家族を許容できない人達や家族の不和に悩んでいる人に対して述べたい。

そんなこんなでこれからも、彼らとは娘として向き合いながらも、これからは一個人の大人として相談役として、彼らを支えていく存在となって向き合う時間も増えていくんだろうと思う。

そう感じさせる出来事が今日もあった。
丸善cafeで母親に「もし祖父と祖母がどちらか先に亡くなったらどうすべきなんだろう」という相談をされた。
自分の思う事を述べた結果、母親が納得がいく回答だったらしく賛成してくれた。

今後は祖父母や親戚含めた「家族だからこそ起きる問題」に対して今まで子供だった私が黙って見ておけた話でも大人になった今口を出さなければならない事も増えていくんだろうか。

これからは一人の人間として自立しながらも、どうしても家族と向き合わねばならない問題も沢山あり、どうこなしていくかが必要になっていき、どう対応していくべきかを考えるのが私のこれからの課題の一つでもあるんだろうなと思う。

書いていたら思ったより長くなってしまった。
疲れたのでここで文を締めます…。