桐生あんずです

京都在住大学生のブログです

世界性の健康デーなので性にまつわる講演会に行ってきた話

先日、「性と神話」というセクシュアリティ系の講演会に行ってきました。

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9/4は世界性の健康デー(World Sexual Health Day/略称:WSHD)とされていて、性の分野の国際研究者組織である”性の健康世界学(WorldAssociation forSexual Health/略称:WAS)”が2010年に制定した記念日らしいです。

普段見過ごしている「性の健康」を改めて考えて推進する日とされているとのこと。

 

そのような記念日が制定されている9/4に合わせて、世界性の健康デー2016実行委員会が主催されたイベントがこの講演会です。

 

そこでは、4人の方がそれぞれ専門的なトピックに合わせて講演をしてくださりました。

とりあえず適当にレポートしていきますが後半になるにつれ生々しい話がどんどん出てきますのでそれが苦手な人は注意してください。

 

最初の方は京大の院生の方で、「性と神話」について語ってくださりました。

神話と言っても、ギリシャ神話などの古代神話の話ではなく、「信じられているけれどそれに足る根拠のないもの」といった語法で使われている神話(例:エレベーター安全神話 )という言葉を用いて性に関する事柄を説明していくという話でした。

 

ひと昔前は、ロマンティックラブイデオロギー(恋愛→結婚は直接結びついているといった幻想)や男性らしさや女性らしさを押し付けられるといったジェンダーバイアスが根拠がなかったとしても神話として信仰されていて、『恋愛→性愛→結婚→生殖』といった流れを支えており、恋愛結婚というマジョリティーの人々が理想とするような至上の現実に駆り立てる加熱型の神話として顕現していたと述べられていました。

ですが、現代社会において『恋愛→性愛→結婚→生殖』の流れは分離するようになり、かつ性の多様性が認知されるようになったのでそのような神話は解体されたとされています。

(個人的にはそういった思想を持った方々は依然としているので完全に解体されきってはいないと思いますが、昔よりは緩和されたとは自分も思います)

 

既存の神話は権威喪失され、新しい神話が生まれ始めていることを述べられていました。

具体的に説明すると二次元コンテンツやアイドルといった「理想化された性」が信仰されるようになり神話となっているとのことです。要するに現代のオタク文化の台頭を示しているのだと思います。

さらに具体的な神話名をあげると、

処女厨

•バブみを感じてオギャる

•モンスター娘

この言葉だけ見るとバラバラだなあと言う感じですが、総じて言えるのはデータベース的に消費されるという所謂「シチュエーション萌え」や「属性萌え」といったコンテンツを上げています。

彼は東浩紀が『動物化するポストモダン』で述べられていたデータベース的消費についての事柄を引用されていて、(長くなるので詳しいこては省きますが)今の若者は連続的なストーリーが存在する物を消費するよりかは、上であげるようなシチュエーションや属性といった個々のコンテンツを消費し続けていることを述べられてました。

そういった『神話』は、一昔前の人々を恋愛意欲に駆り立てる加熱型の神話ではなく、仮想的な構築物であり至上の現実から逃避させる冷却型であると主張されていました。

最後に、今の若者は、恋愛の現実的な面に幻滅しながらも現実へと還るか、おたく的コンテンツである「神話」に陶酔し現実逃避するかの選択を強いられているという話で終わりました。

 

長文になりそうなのであまり深い言及は抑えますが、確かに「理想化された性」の存在は神話的存在とも言えるだろうなと思います。また、それは2次元に限らず、現実の恋愛においても言えることだと思いました。(好きになった相手や憧れの感情を持った相手を勝手に自分の中で理想化し実際の本人からは大きく乖離させてしまうことも「神話」と言えるかもしれません)

 

人間は無意識下の中にあっても神話に頼りながら生きていく生き物なのかもしれません。知らんけど。

 

2人目、3人目の方々は有名な医療研究者の方で、コンドーム•ピルなどの避妊具の存在意義について語ってくださりました。正直に言ってしまうとこの講演会の中でこのお二人の話が個人的に聞いてて1番楽しかったです。自分の知らない話もたくさんあって勉強になりました。

 

お医者さんなので堅い方かなあと思っていましたが実際はとてもフランクな方たちで、セックスについて楽しく語っていてシュールながらも面白かったです。

 

彼らのスタンスは、「避妊することを強制するわけではないけれど、避妊したいのならこうするべきだよ」といったもので、

自己の正義はあるけれどそれは他者に強要するつもりはないといったもので、ジェンダー系の話題になるとどうしても起きてしまうちょっとめんどくさい質問が来た際も「それはあなたの思想の自由であるし私から批判する事はしません」とのようにサラッと述べていたのが印象的でした

 

セックスの問題性を上げられていた際に印象に残ったのは「たとえ危険であったとしても、ついセックスをしてしまう人はただ単純に快楽を欲しているわけではなく、自己肯定感が低いがためにセックスすることで得られる他者からの承認が欲しい人です」という主張でした。

その主張では現代社会の生き辛さの背景にも述べられていて、居場所がない人や他者との関係性を求める人ほど、強い繋がりを得るために不特定多数の他者とのセックスを求めてしまうのだとか。

この考え方には大変同意ですし、ただセックスに対して快楽だけではなく、心理的な問題についてちゃんと述べられていたことにこの道のプロなんだなあと感心させられました。

 

最後に、講演者の方が「性に関しての話題はどうしてもタブーになりがちですがいずれはコンドームに対して寛容な社会にしたい」とおっしゃられていて目の前にいた聴講者の女性にコンドームを配られていてなんだかすごい光景でした。(女性側も「コンドーム欲しいです」と返答されてもらっていたので決して強要したわけではないです)

ちなみにパンフレットにもコンドームは入っていたし、世界性の健康デーだからかもしれんけどコンドーム尽くしすぎる。

 

講演が全て終了した際には、抽選景品会が始まりました。

正直、インパクトに関してはこれが1番デカかったです。

主催者であるらしい司会のお姉さんがイキイキとしてとても可愛らしかったです。ホリィセンの知り合いの方っぽかったので、終わった後にちょっと話しかけてみてもよかったなと今現在後悔してます。

 

あんまり生々しく述べるのもキツイのでマイルドにお伝えしたいと思いますが、年齢性別関係なしに、当選した人順に大人のおもちゃが景品譲渡される光景はなかなかにシュールです。

TENGAエッグが老夫婦に譲渡される場面とか個人的に記憶に残ってます。

中にはかなり高額な大人のおもちゃが譲渡されていてあれ無料で貰えるのはかなりコスパ良いよなあと眺めてました。

ちなみに私は当たらなかったです。というかもらってしまうと置き場とかに困るので当たらなくて良かったのかもしれません…。

 

横のオタクがイロハ(知らない人は調べよう!)をもらっていて「自分では使えないからね 友達にプレゼントしようかな〜」とボヤいていて、心の中で『それは乳首に当てるとかにも使えると思うから自分で使ってもいいと思いますよ』とアドバイスしました。さすがに言葉には出してませんよ。

 

ここまで性のネタに関して開放的な場に来ることはあまりなかったので新鮮な場だったなあと思います。

普段はタブーになりがちな性の話題ですが、この場に来たことは少なからず性に関しての興味があることは明らかですし、リラックスできる良い場だったなと思います。

様々なことを知れたり、面白い体験ができたので行って損はなかったと思いますしこういった性に関する講演にまた行けたらな良いなという気持ちです。

以上そんな感じのレポートでした。

 

春休みが始まっている

つい数週間前から春休みが始まっている。

最近Twitter以外で文章を書こうという気分になってきたので、自然とこちらのブログでも何か書こうかなという気持ちが高まってきて書き出してみた。
とりあえず最近あった事を述べていきます。

・キンプリを2回観た
たぶん人生で初めて、同じ映画を観るために映画館に2度足を運んだ。まだまだ見足りない部分が多いのであと1.2回ぐらい観たい。できるなら無限に観たい。明日も応援上映会がTジョイ京都であるらしいので観ます。サイリウム買えば良いんですか。3000円ぐらいは出さなきゃなんでしょうか。
2回目はプリリズをまだ見た事のない初見の友達と観たんですが「カロリー指数が高い映画だね」だと評していた。分かる。
でもプリリズを見てる側だとなぜか初めから泣き笑いしながら見る羽目になる。意味わからんけど本当に泣き笑いしてしまう。あと、タイガくん可愛い〜〜ああいうシコれる系キャラ本当に良い。でもシン君から感じるプリズムの煌めきにトキメキを感じずにはいられない。
明日の応援上映会がとにかく楽しみすぎるのでちゃんと体調整えます。どんな異空間が広がってるのか気になる。

・充光館でプリリズDMF鑑賞会した
プリリズネタで続けます。
今回自分は途中参加でしたが、サークルの方が学内のシアターでプリリズ上映会を開いてくださったので喜んで見に行きました。
DMFはグレイトフルシンフォニアが意味わからんと何度も言われてるんですが、やっぱり分からん。言語化して解釈をしていくよりも、心で感じ取るべき作品なんだと思います。
でも、線画の演出はすごく好きです。その後色が戻っていくのが本当良い。
あと、大久保瑠美さんの声どっかで聞いたなぁと思ったらエリーザベトバートリーでした。なるほど。あの子も、いっちばーんとかみあみたいなこと言い出すので驚く。

・東京行ってた
伊丹さんの個展を見に東京に一泊二日してきました。1人で東京歩き回る時間が取れたのはちょうど2014年冬のコミケの時以来だったので久々に自由に回れて楽しかったです。
高校の友達と会って新宿で服や化粧品見たりして、ANNA SUIの口紅買ったりしました。
真っ赤な色の口紅なので、大人っぽく見えるねって言ってくれる人もいるんですが、わざわざアピールして言うと「口から血が流れているね」とか意味わからん事を言い出す人もいる。
似合うかどうかは分からんけどサブカルおばさんの一歩を踏み出したことは明らかなのではないのでしょうか。

あと夜ご飯はなんだかんだで長い付き合いをしているネトゲの友達の人たちに会ってきました。黒龍呑ませてもらいました。やったね。
話を聞いてると彼らは私と同じくらいだった時に明らかにダメな方の大学生活を送っていたっぽいんですが、普通にちゃんとした収入を得られる社会人になっていて、ちゃんとしたご飯食べたり旅行しているんだよなぁ。すごい。本人が言うにはコミュ力によるものだとか。でも新しいネトゲが始まる時に退職してネトゲしまくりながら転職活動するとか言ってて大丈夫なんだろうかと思った。でもたぶん大丈夫なんだろうな。

そんな感じで1日目は行きたいところにも行けて会いたい人にも会えたので2日目は満を持して伊丹さんの個展を見に行けました。
銀座の奥野ビルに初めて足を運びました。あんまりよく分からない人たちの個展も色々やってたの伊丹さんの個展に行く前にうろうろしてたら、管理人の人が「ここはノルウェーの森の後半のシーンの撮影してたんだよ」と教えてくれました。

「あの時はいっぱい人がきて大変だったのよ〜。ほら、ラストシーンでワタナベが一階のポストの前でね、ミドリちゃんに喋ってるじゃない。『ボクは今どこにいるか分からないんだ』って…」
どこって奥野ビルの一階やんけ。(多分そういう意味ではない)
というかそんなシーンがあったことすら覚えてなかったのでもう一回見直す事を考えた。

当時はよく意味を理解しないまま観ていて、さらには一緒に観ていた親にアパートでのセックスシーンを飛ばされるわで、4割くらい松山ケンイチのイメージビデオを見てる気持ちで観てました。

その後やっぱりよく分からない写真家のおじさんと話した後(めんどいので内容は省く 奥多摩の話を適当にしてた気がする)、伊丹さんの個展についに到着する事ができました。

他の個展とはかなり雰囲気が違っていてびっくりしました。他の個展は絵が5.6枚大きな額縁に入れられてぶら下がっているだけなのに、伊丹さんの部屋は絵が一面張り尽くされていて、並んでいる机にはクロッキーが何十冊も展示されていたんです。まさに伊丹さんの世界がその部屋に造られていました。
最初は絵に目を取られてばかりでしたが、机に置いてあったクロッキーを一心不乱に読んでいてしまいました。私の他に個展に来ていた方も、同じように絵に釘付けになっていたり、真剣にクロッキーに目を通していました。
しばらくすると、伊丹さん登場。その日の伊丹さんは島村卯月の髪型をして「島村卯月、17歳です」と台詞を呟きながらやってきました。
今回伊丹さんの素敵な自撮りを何度もTwitterで見ていたからなのか、「伊丹さんに会えたら、一緒に写真を撮りたい…」という気持ちが湧いてきて会ってすぐに一緒に写真を撮ってもらってもいいかお願いをしました。そして快く承諾してくださり無事写真を一緒に撮る事ができました。良かった。
その後もしばらく個展の中で絵やクロッキーを眺めながら不思議な時間を過ごしていましたが話すと長くなるので割愛。でも、本当に素敵な時間でした。

その後は伊丹さんのお知り合いの方たちと銀座駅に行くために道に迷ったり救急車に轢かれそうになりながらも無事に駅に着き、その後は東京駅まで行き新幹線に乗って長野へ帰る事ができました。
良い東京旅行になったと思います。友人に「また夏頃においで」と言われたので今年はもう一度行きたいと思いますが、はてさてどうなるだろうか…。

とりあえず春休み前半であった大きな事は主にこのような出来事たちでした。
今回はあんまり文章構成を気にせず書いてみましたが好きな事を書けている感じで楽しかったです。それではおやすみなさい。

成人式に出席した話

もう先週の事になるけれど、地元の成人式に出席した。
実際に行くまでは、ただの「式典」として通過するだけだろうなぁと思っていたのだが、成人式の後に参加した同級会含め、普段の日常では感じられないだろう経験が多々あったので書いていきます。


成人式の朝は、予約していた美容院と着付けに向かってヘアアレンジやら着物の着付けをしてもらった。(早朝からこういった準備をしなければならないのは女子の宿命な気がする)
何かあったとすれば、美容院の時に、アイプチに対してめんどくさ〜〜い自分のこだわりが発動してしまい、メイクアーティストの人が「もうあなたがやって」と任される始末に。
めんどくさい客で申し訳なかったです。ただ「へー上手いねー」って褒められた。(8割くらい社交辞令だろう…)

着付けは手慣れてそうなお婆さんにしてもらったがこっちが相変わらずの天然ボケ連発しまくりで前半はコミュニケーションが成立してなかった気がする。あと自発的にボケた時も通じてなかった。
ただ、京都の話をしたら娘さんが京都にある華道の専門学校に通っていたようで会話がはかどる事ができた。
お婆さんもだけど、年配の人や観光好きの人には京都の話をしたら幾分か間を持った会話ができる気がする。


開会式は11時だったのだが、その前に高校の友達と写真を撮る約束をしていたので10時半に会場に着くように移動した。
しかし中々高校の友人に会えなかった。ただ、3.4年ぶりに再会するレベルの中学の知り合いに遭遇しまくった。

正直言って、成人式を迎える前日、中学の知り合いに再会するシチュエーションを想像すると微妙な気持ちだった。

当時は今よりも何倍もコミュ障で、そこまで仲良くない相手には裏でなにか言われた事もあった記憶がかなりあったからだ。それを思い返すと、なんとも言えない気持ちになり、成人式でそんな人と会った際どう立ち回ればいいかと悩んだ。だが、もう6年以上経った事だ。
相手もそんな事、感覚でしか覚えてないかそもそも忘れている可能性が高いし、それを未だにこちらが根に持ってるのも相当ダサいなぁと思った。

そして、私は会場に着いた際自然に身体と口が動いてしまった。
同級生を見かけたら、「久しぶり〜〜写真撮ろう!!^^^^」と声をかけまくるコミュニケーションを無限にやってしまったのだ。
でも、遭遇した側も久しぶりに見た人間は嫌な思い出さえなければ無意識にテンションが上がってワーッと盛り上がる傾向が主に女子にはある。そのおかげで、そこまで仲良くなかったであろう人々とも当たり障りのないコミュニケーションを延々と繰り返していて自分でも内心驚いていた。
ぶっちゃけ、『中学の時この子とそんなコミュニケーション取っていたっけ…?でも会話できてるからいいか…』といったインスピレーションの連続だった。多分相手側もそういう事思ってる。

当時は中学が同じ人間なんてどうでもいいヤツだとしか思えていない事が多いんだけど、6年振りの再会となると、顔と名前を覚えてさえいたら懐かしい知り合いに昇格するのだ
だから、そこまでストレスも感じず適当に「久しぶりだね〜元気でよかったね〜変わったね〜」と適当に会話するだけで気楽なコミュニケーションが出来てしまう。
直言って中学の時よりかなり楽にコミュニケーション出来ていた。
やばいぞこれ、めっちゃ楽しいぞ。
そんなコミュニケーションを延々と繰り返していたら、小学校の時仲良かったけれど中学の時から疎遠になっていた男子や同じクラスだったけどそんな仲良くなかったであろう女子とも気楽に話せるようになっていてびっくりした。

それは、自分が変わったからなだけではなく相手も精神的に大人になり、当時の固定グループの帰属意識やクラスカーストを意識せず人と関われるようになったからなのかなぁと思う。(それでも当時私がコミュ障陰キャすぎて話しかけづらかったが第一の理由だろうけど)

中学生だった当時、成績もルックスもバカにされる事があったり性格も内向的だったせいで色々な人と関われなかったことから、中学時代に対して負の感情を抱く事が多かった。
だけれど、今はクラスの中で比べたらそこそこの大学にいる事から多少一目置かれたり、(そもそもこの年になると学業や就職面の事を真正面からバカにする失礼な人はそんないないが)、ルックスに関しても高校時代にダイエットしたりメイクを覚えた事から「変わったね」「可愛くなったね」と男女両方から言われたりと、今まで拗らせてきたルサンチマンが成仏されていく感覚があった、

正直、成人式と同級会は私にとって中学時代を通過して溜め込んでしまった拗らせを浄化する儀式になったんじゃないかと思ってしまう。

普通に中学時代を過ごした人ならただの通過する儀式なのかもしれないけれど、中学のコミュニティで良いとは言えない評価を受けてきた人(ルサンチマンを溜めやすい人)にとって、周囲からの当時の評価を改められる場だと思っても良いのではないのかと思った。

だから中学にあまり良い思い出はないけれど昔よりは良い方向に変わったと思える未成年の人は臆せず成人式に出席して欲しいなぁと思います。

ただ、そんな真正面から大勢の人に承認を受けているわけではないし、客観的に見れば単なるちっぽけな自己満足に過ぎない。
そして私の根本的な部分は変わっていないのかもしれないけれど、当時感じていた自分の負の面をある程度成仏させるには十分な出来事だったなぁと思いたい。

こんな事を考えてしまう時点で、とても痛いのは分かってるのだろうけれど実際あの日の出来事は、そんなちっぽけ自己満足の道具にはなり得てしまったんだよなぁと感じてしまう。

また当時は微妙な関係だった人々も「また遊ぼうね」と言い合える関係に変化するようになったり、新しい友達を増やす事ができる良い場にもなったし、疎遠だったけれど元々仲のいい友人とも飲みの約束ができたりと、普通に良いこともあった。

というわけで、そんなに思ったより悪いものでもなかったという話でした。(久しぶりすぎてブログの書き方を忘れた気がする

龍潜祭に行ってきた


昨日は京都精華大の学園祭に足を運んだ。

色々やった事があったのだが、一つ一つ列挙していくと書き切れないので写真中心に紹介していく。

・ともチケを生パキしまくった
京都精華大、さすが美大という事もあってサブカルチャーに造詣が深い人々が多い模様であり、プリパラのキャラクターのコスプレをしている人も見当たられた。
また、今回学園祭に足を運んだ理由も以前からプリパラがきっかけで仲良くなった方々に会いたかったからなのであり、その方々とも無事ともチケ交換する事が出来た。
そして、なんと、ともチケ交換ボードを自作されていた。
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首にかける事で「歩くともチケ交換ボード」になる事ができる。すごい発明や。

また詳しく書き記すが、アニソンDJクラブイベント「オタメロ」に参加した最中も、ともチケ交換ボードに気付いてくださった方がパキッてくださった。良い話だ。
そのような幾つかの出来事があり、色々な方とともチケ交換する事が出来たので本当に楽しかった。プリパラする時にまた使いたい。

・アニソンDJクラブイベント「オタメロ」に参加した。
初めてアニクラに参加した。
大学のキャンパス内のライブハウスという事もあって、アットホームであり、みんな気楽に楽しんでいて良い雰囲気だった。
アニメソングばかりかと思いきや、嵐の曲も流れたり粉雪が流れたりとバリエーション豊富だった。
昔のアニソンからつい最近のものまで流れていて、バッチリテンションが上がるプログラムを組んでいて良いなぁと思った。

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ここでもやっぱりキルミーベイベーがネタにされていた。

多分この時期に行われている、全国中の文化祭でキルミーベイベーがネタにされている気がする。(自分の大学でもネタにされていたし)

・出店を回ってきた
出店では、みたらしドッグ、韓国人留学生の方々が調理してくださったチヂミ、100円で値切られていたラーメンなど色々食べてきた。
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みたらしドッグ、ステッカーがとても可愛らしくて2回も立ち寄ってしまった。
味も中がモチモチしていてハマる味だった。

出店を回る最中、コスプレをしてる方を何十人も見かけてさすが美大だと感じた。逆にコスプレしていない人が珍しく感じられるんじゃないかと思わせる数で、自分の大学の空気の差をひしひしと感じた。
(自分の大学の学祭はコスプレサークルぐらいしかコスプレしておらず、たぶん奇異な目で見られるぐらいの少なさだった。だからこそ自己顕示欲を増幅させるのかもしれないけど。)

また、ガーリッシュなステッカーやポストカードを出店している人達がいて、50円のジュースを買うとメイドさんの格好をした女の子たちが集まってきて「おいしくなぁ〜れ❤️」の魔法をかける儀式をしていたのを見てしまい、まさに女性性が売られていると感じた。
あの50円は女性性なんだろうか。


また、なかなか凄い売り物を発見した。
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※念のためモザイク処理はしています。

男根飴だ。男根妄執症のフォロワーさんがとても興味を示しそうなものだと感じた。
ディルドーなどをそのまま使ったわけではなく、手製で練っていたものでありプロ根性を強く感じさせられた。
売ってる方からは「合法的に舐める事ができますよ」と何度も宣伝されたが、値段が高かったため私も同行している方たちも買うのは断念した。
だが、綺麗に形作られていて職人魂の篭った作品だと思う。


とりあえず写真アルバムに入ってあった学園祭に関する話はこれぐらいです。

戦利品も載っけたいのですがそこまで書く気力がない。。(もう眠い)

でも、プリパラ界隈の方々が中心となって作られたキノフェアちゃんアンソロジー「シカをいじめてはいけない。」は寄稿した方々の人格がとても現れていて個人的には凄く良い同人誌だなぁと思った。何度も読み返してしまっている。

また、今回購入させていただいた「CREATORS AT WORK」も、創作を行っている方たちの内面を垣間見る事ができるとても興味深い本だった。

やはり他大学の学園祭に足を運んでみると新鮮な体験が沢山出来てとても楽しい時間となった。
もし可能なら、清華大で行われるイベントにまた行けるようにしたい。


高校時代のことを夢に見てしまった

今週はずっと体調が優れなかった。しかも、1日に4〜5時間の睡眠を複数回繰り返して深夜に寝れなくなるというパターンに陥ってしまい生活リズムも狂ってしまいとても困った。
その中で眠るたび何度も夢を見ていたのだが、体調の悪さにも影響してくるのか悪夢ばかり見てしまい、起きたら汗だくになっていてタチの悪い頭痛が残っているような状態になる事ばかりだった。

今日は、やっと体調が良くなり始めたからか先ほど寝たときは夢自体はさほどキツいものではなかったのだが内容としては起きた際に気分的に寂しさが募るようなもので30分ほどなんとも言えないような気持ちになっていた。

さて、どんな夢を見たかというと(夢を見てから2時間ほど経ってしまったため明確にはもう思い出せないが)、高校時代の親友的存在だった女の子が自分の大学にいる友達や先輩と一緒になって自分と遊んでいる夢だった。

現実だったらそんな事有り得ないのだが、親友は高校時代のマイペースさは顕在のままで、大学の友人たちと溶け込んでいて普通に旅行していて私も違和感を感じず過ごしていたため、目を覚ましたときには「あっ…」と声が溢れてしまうほどこっちが現実だと視認するのが多少辛くなる程度には戸惑いを感じてしまった。

ここまで感情を突き動かされてしまったのは、結局の所、物理的に離れた場所に身を置くようになっても彼女に対して私は依存的な感情を抱いていたままだったのかもしれない。

その親友の事をもっと詳しく話そう。
彼女と知り合ったのは中学時代の頃だった。その時は別のクラスだったが私の当時の友人と同じ部活だったよしみもあり、また帰り道が同じだった事から何度か一緒に帰る事があった。
ただ、当時の私はかなりの人見知りで彼女に対して完全に心を開ききれておらず、その上で彼女の少しハッキリとした物言いがあまり好きではなく、多少の苦手意識を持ちながら関わっていた。

だが、彼女に対しての意識が明確に変わったのは高校受験の時だった。同じ高校を受けたため受験会場も一緒で、中学時代同様に帰り道が同じなため2人で帰る事になったのだ。
その時の話題自体は大体は取り留めもないものばかりでそこまで覚えていないのだが、明確に覚えている事が幾つかある。
まだあまり歩いた事がないような道だったせいで私達は迷ってしまった。
そこで、なぜか私達は、一駅分の道を歩くために民家の塀を登ろうとしたり線路のすぐ横を歩いたりするなど謎の経路を駆使して駅まで辿り着いた。
その時にした会話は覚えてはいないけれど、彼女のマイペースすぎる行動に呆れ始めた私は、普段は絶対人に対して言わないような暴言染みたツッコミを何度も言い放ってしまった。
彼女はそういった返しは慣れっこな模様で、それでも何の話題にでも反応してくれる私が面白かったらしく、「⚪︎⚪︎って、電池入れたての元気なおもちゃみたいな反応してくれるね」と謎の評価を頂いてしまった。
そんなこんなで、私はやっと彼女に心を開くことができた。
そして晴れて2人とも高校にも合格したのだが、エスカレーター式の閉鎖された環境のような中学から抜け出した結果、新しいクラスに馴染めなかった私達が2011年の春にそこにいた。

高校1年生の時はお互い別のクラスだった。だが私も彼女も、多少クラスの友達は出来ても完全に馴染むことを躊躇い居心地の悪い立ち位置をクラスの中で築き上げていた。
だからこそ、2人きり(時たま、同じ部活の子も絡んできてくれたけど)の傷の舐め合いが始まってしまった。
最初はクラスで適当な友達とお弁当を食べていた私達だったが、段々空気に耐えられなくなり始め散らばり、気付いたら図書館の前にあるベンチで、ストーブも付かずしかも風通しもかなり良いスペースの中2人で長野の凍えるような冬の冷気に震えながら膝掛けをしてお弁当を食べていた。
そんな私達を労ってくれた図書館の先生が冷え切った空気が入ってこないようにバリケードのようなものを置いてくれたこともあった。

そこでは、当時流行っていたアニメの話題(はがないだったり、まどマギだったり)から、「あのクラスが嫌いだ、自分の居場所なんてない」だとか愚痴をこぼしまくる彼女の話を聞いたり、私が当時仲悪かった同じクラスの生徒副会長のヘイトを彼女にぶちまけたりとクラスの底辺カーストにすら所在出来ているのかわからない話題を昼の1時間毎日していた。

女の子らしく恋愛の話もしたことがあったが、彼女がクラスの中で数少なく自分に優しくしてくれる男の子の事を好きになりおまじないをするために机に落ちている髪の毛を採取し始めたとかそういう話ばかりだった。
(最終的にバレンタインにブラウニーを作ってあげたが玉砕してしまい泣いていた所を見たのは覚えている。そのブラウニーの隠し味に何を入れたのかはもう覚えていない。)

そういった根暗な事を繰り返しているうちに、コンプレックスやら哲学をどんどんと募らせ、図書館の中で「人は死んだらどうなるか」の議題を2人でマジ喧嘩口調になりながら議論していた所うるさくて先生に怒られたり、
帰り道に建物の窓に映る自分達の姿を見て、
「私達はクラスにいるようなキラキラした子にはなれないよね…ほら。(窓に映る自分達の姿を見ながら)」と、
彼女が言い放って私がもうなんとも言えない気分になったりと鬱屈した1年間をなんとなく過ごしていた。
その1年間の間で、「⚪︎⚪︎(私の名前)は私の親友だもん」と何回も彼女は私に対して言ってくれ、表面上は恥ずかしくて素っ気なく「まぁそうだね」と返すばかりだったが、中学時代の友人達よりもずっと信頼もできて気楽に話せる相手だった。
今だから美化されたように語れるがこの一年の間は何度も喧嘩したり、本気でなんなんだこいつはとお互い思う時が何度もあり衝突してしまう事も多かった。
だが、最終的にはやっぱり気楽に話せる友達がいなくなるのが嫌なのでお互いメールだか会った時にすんなり謝って仲直りしていた。

それから高2になってからは私達のことを心配してくれた自分や彼女のクラス担任の先生が私達2人を同じクラスに配置してくれ、小学校時代何度も遊んでいた友達にも再会する事ができ、なんとなく5.6人ほどのグループを作り上げてクラスに居場所も生まれ高1の時よりは健やかに過ごせていたはずだった…が
親友が恋愛の方でトラブルを起こし不登校になり危うく卒業できなくなりそうになるなど、問題もあった。
それでも、私が毎日LINEを送り続け学校に行けと論理的に説得したところ、
2人ともちゃんと卒業することができ、私は念願だった関西の大学に進学し彼女は県の短期大学へと進んだ。

これで青春の思い出を語り尽くし2人とも新生活を楽しく過ごしています…めでたしめでたしといかないのが物悲しさかな、と思う。

大学に入った当初、「あーやっと気楽に勉強して過ごせるなぁ、これでもうあの子の面倒を見なくて済むし」と思っていた私だったが、なぜか思うように様々なことに対して身に力が入らなかった。(「なぜか」とぼかしてはいても明確な理由は頭の中で何個か思いつくがそれはここでは書きたくない)

それは彼女も同様だったらしい。彼女は高3になってからは私や友人に促されて学校に行くのがほとんどだったため、そのクセが抜けずしかも交友関係の狭い短期大学の環境に耐えられず1年間で学校に行かなくなってしまった。

結局私は、彼女に対して「学校に行け」と言いながら、それで成績も多少上の方に保たなければ示しがつかないと思いある程度学業も頑張れていたのだろうし、
彼女も私のような「学校に行け」と言いいつも一緒にいられる存在がいたからなんだかんだで学校に行ってある程度社会的な生活を送ることが出来ていたのではないかと今になってふと思ってしまう。

実際のところ、お互いを社会的に生かすための共依存の関係性だったのだ。

私がそれを自覚したのは去年の6月ごろで、彼女はもっと早く気付いていたようで「学校に⚪︎⚪︎(私)のような存在がいてほしい」と私に対して独白してきた。

「⚪︎⚪︎のような存在」という所がミソだなぁと思う。私も、全く同じことを考えていたからだ。
でも同じくらい倫理を語り尽くしたりお互い自分達の恋愛話を気遣いなく惚気られるような相手は中々見つからないだろうし、見つけられていたとしても「彼女のような存在」とは思えないんじゃないだろうかと思う。

今の所、私は単位は取れてないせいで留年の危機が迫ってきて頭が痛い状況だし、彼女は短大を休学して様相がよくわからない駅前のゲーセンでバイトしながら10個上ぐらいの男に猫みたいに飼われるような生活を送っている。
多少心配だが、その男性も彼女を社会的に自立させようと取り組んではくれている模様なのでまだ大丈夫ではないかとは思う。

高校時代に比べれば、お互いかなり状況は変わってしまったなぁと思うがまだ20歳なのである。まだまだ色んなことがありそうだ。

とりあえずはお互い成人式で会えたら良いけど…LINEかTwitterで成人式に来いと一言ぐらいは言っておくべきなんだろうか。

日暮キノコ「モンクロチョウ」雑感

先日「モンクロチョウ」という漫画を急にお勧めされたので読んでみました。
1話は試し読みできるのでそれを読めば雰囲気は分かるかと…。


以下ネタバレがほとんどなので注意です。





簡単に言うと青春こじらせ物でした。
内面はコンプレックス塗れなのに、わざわざクラスカースト上位に表面上溶け込んで無理に擬態しようとする男の子が主人公の話。
彼は途中でサブカル寄りの漫画家志望の男の子と仲良くなるんですが、そこで一緒にサブカル趣味に結構のめり込んでて、
本当はオタク気質なのに、下に見られるのはイヤだから上位の男の子達と表面上仲良くしてカースト上位に地位を保ってたんだなぁと思うと個人的にめっちゃ辛くなった。
んで、そのサブカル趣味にのめり込むのも、男の子と2人だけの世界を築く時もカースト上位の男の子たちに対して『お前らには⚪︎⚪︎君との友情は分からない!』とか心の中で言ってて、根本的に「お前らとは違うんだ」という自分が特別だと思い込む系コンプレックスを拗らせてるんだろうなぁと感じてしまって更に辛くなる。

それはともかく本筋のストーリーは、彼は幼馴染みの女の子がいて、その子は可愛いんだけどデブでちょっと気弱な女の子だから昔からいじめられてて、主人公が唯一絶対的に『見下せる存在』だった。
でも、小4のある日下校中その女の子がすっ転んで生理パンツを装着してるのを主人公が発見してしまい「自分の知らない世界(大人の世界)へ行こうとしている」と恐怖した主人公が逃げ出す所から場面は始まります。文字にするとヤバいですねこれ。
そのような幼少体験からも、女の子への恐怖と周りと自分を比べてしまうコンプレックスに囚われた主人公ですが、そこから何をするのかと言うと、

1話でカラオケ合コンした際に出会った清楚系ビッチにフェラ未遂されて、2、3話で経験済みだと発覚した幼馴染みとセックスして童貞卒業してしまい一気に大人の階段を登ってしまいます。

彼はこの経験により間違った方向に覚醒してしまい清楚系ビッチを見事に都合のいいセフレにします。
それで一時の満足感を得ても、他の友達は結局自分よりも一枚も二枚も上手の経験をしている事が発覚して更にコンプレックスを募らせて人間関係をこじらせていくみたいなのがこの漫画のメインストーリーみたいな感じです。

この主人公、所謂成長しない系主人公で見てて時折本当にキツくなることがあって、最終巻の幼馴染みと感情を吐露し合うシーンでも最初の時と言ってる事がほとんど変わらなくてびっくりしました。
だからこそイメチェンして美少女になってしまった幼馴染みの心を治癒させる存在と最終的になったんでしょうけど。

いつまでも変わる事ができない、変わりたくないと泣く主人公に対して母性を感じる事で荒んだ心を癒す結果になったような。
でも、女の子って残酷なもので昔は主人公のような男の子に対して憧れや好意を持っていたとしても普通に他に良い相手がいたらすぐに乗り換えてその人を憧れの対象に切り替えてるんですよね。
だから、主人公にとって幼馴染みが全てだったとしても、幼馴染みからすれば主人公はもう過去の人のような立ち位置で、今更「俺はお前しかいない」みたいな事を言われてもどうしようもないんですよね。
だからこそ、どうしようもない母性を感じて、また昔の自分を思い返すことができてどんどん変わっていこうとする自分を止められたんじゃないかと。

よくラブコメ青春ものでヒロインが「ずっと昔から幼馴染み君のことが好きだった…」みたいなシーンありますけどあれは本当にファンタジーの類だと思ってます。
たとえそういう事言う女が実際いても絶対再開する間や距離が縮まる前に必ず数人には目移りしてます。(幼馴染み物ラブコメが好きな人すみません)

また、主人公のセフレになってしまった清楚系ビッチの女の子も見ててほんま辛かった。むしろこっちの子の方が見てて辛かった。
清楚系ビッチに見せかけて、この子も実は主人公と同じくらいコンプレックスを抱え込んだリア充グループに擬態して自分をごまかすこじらせ女子でした。
初体験の相手は都合の良い大人の男ってのが妙にリアルなんですよね。
初体験の相手への気持ちを捨てて、他の男に切り替えても心の隙間を満たす手段がセックスになってしまい、やっと自分と同族を見つけて好きになっても心の隙間を満たすためにセックスしまくるのがエロいんですが承認欲求に溺れてるんだなあというのがひしひし伝わって悲しくなりました。
彼女もラストではいちはやく社会人になっていたので落ち着いていくんだろうなあと思うんですが、心の隙間を埋めきれなくて上司と不倫に走ってそうな展開もありえるからコワイ。

適当にシーンや登場人物について思う事を書き綴ってきましたが、
こういったこじらせ漫画を度々読んでて思うんですが、最終的に明確な答えが分かりにくいんですよね。
久保ミツロウの「モテキ」だったとしたら、「自分から意識的に進むことができなければモテなんて概念ありえないんだよ」といったメッセージ性を最後残してました。
そういったコンプレックスから解き放たれて「自分を変える」ということがテーマになっている作品も度々見るんですが、実際誰かに一度指摘されたり何か行動をしただけじゃ「ハイ!自分の内面変わりました!人間関係も自分の地位も全部うまくいって終わりっ!」みたいなんていかないもんです。

モンクロチョウは、締めとしては「高校を卒業して、大学生としての生活を楽しんで幼馴染みから距離的にも離れたことから依存もやめてコンプレックスも多少収まり自分の道を歩き出す」といった物でした。(感想を見て回っていると結局主人公は幼馴染みへの依存を止められてないんじゃない?なんて意見も見ますが私は幼馴染みへの依存はやめられたんじゃないかと思ってます)

こういう漫画に見られるのは、主人公の内面変化を描くスピードが最後はかなり速くなって、「時間を経て大人になったので落ち着きました」のパターンが高校生や大学生が主人公の場合多いなぁと思いました。
青春をテーマにしてるからそうなるのも仕方ないんだけど、明確にこじらせを終わらせる瞬間って結局本人にしか見当つかないし、変化が分かりにくいんですよね。
描けたとしてもキミなんとなく、ちょっとサッパリしたよね程度。
だからどうしても初めは登場人物たちがコンプレックスに囚われまくってて面白いのに後味はよくわからない終わり方の話が最近は量産されてる気がします。

そもそも「こじらせ」ってなんなんだよ?となってくるんですが二村ヒトシの言葉を借りるとナルシシズムと自己受容のバランスがうまく取れてない心理状態かなと最近考えてます。

自己の中には「好きな自分」と「嫌いな自分」がいて、「好きな自分」をずっと見ていたくて「嫌いな自分」を受容しきれない心理状態がこじらせを生み出してどんどん自分に合わない行動を取り空回りな行動をしたり、やりたいことができなくなってしまうんじゃないかと。
(これに関しては説明するのに自分にとってかなりの労力が必要な気がするので別の機会でもっと詳しく書きます。)

とりあえずモンクロチョウはこじらせ漫画としては私的には面白い方でした。全3巻だから読みやすいのもいいですね。(二桁冊数ある漫画があまり読めない人の感想)



最近あった事(🌸荘に行った話とか)

割と忙しかったというか、人に会う用事が多くてブログを書く時間が取れずしばらく更新してなかった。

明日からついに学校が始まるので、最近あった事をつらつらと書くぐらいだが更新させてもらいます。

•成績表を見た
なんだかんだで学校で受け取りに行く事ができずにいたのでキャンパスウェブで見たのだが、思ったよりも単位が取れてなくて久々にメンヘラになりかけた。
今までは精神や体調の問題で「やる前からダメだった」場合が多かったのだが、今回は「やってダメだった」ケースだったので、かなり凹んだ。Twitterでも多少述べたが確実に取れていたと思う科目ではなく取れているか不安ぐらいの気持ちで受け終わった科目の方が必ず取れていて混乱した。
そういったケースだった事もあり、成績表を見てから10時間ぐらいは感情を喪ってて何も考えたくなくなり睡眠を取り続けていた。
自分は今後の自分のあり方に支障を及ぼすくらいキツい事があると現実逃避の行為として一心不乱に寝続けてしまうのだが、実際時間の無駄でもあるなあと思う。(でも寝た後は寝る前より気持ち的にスッキリはする)
ポジティブシンキングとネガティヴシンキングをずっと繰り返していたが、明日から学校なのは変わらない事実なので、まずは授業に出るしかないんだろう。後、勉強のやり方も多少見直した方が良いのだと思う。

祇園で深夜徘徊した
昨日はサークルの先輩たちで祇園を深夜徘徊した。徘徊といっても、食べたり呑んだりしている時間が多かったのだが夏休み最後に楽しい時間が過ごせてよかった。
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祇園で撮った十五夜の月。

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祇園にあったコスパの良い居酒屋。二次会会場。

•女子会した後、サクラ荘に行った。
OGの方を交えたサークルの先輩の方々と四条河原町にあるKICHIRIというお店に行っていた。チーズフォンデュがメインだったのだがめっちゃ美味かった。
KICHIRIは一度行った事あるが、雰囲気も良くご飯も美味しいので女子会向きな居酒屋だなぁと思う。楽しかった。
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チーズフォンデュ。個人的にはブロッコリーが一番マッチングしてた。

その後17号系統に乗り北白川で降りて、京大付近にあるオープンシェアハウス、サクラ荘に遊びに行った。
そこでは毎月パーティーをやっていて今回はお月見という事だったのだが自分が来た事もあってお団子はなくなっていた。今考えればちょっと悲しい。
だが、Twitterで元々関わっていたフォロワーの人とじっくり話す機会が取れて良かったと思う。普段以上に香ばしい話をペラペラと喋ってしまったのだが、その場にいた方に「ここはそういう場だから」と4回ぐらい言われたのが印象的だった。
前回サクラ荘で人狼した際にお会いした方にも会う事ができ、今回はゆっくり話す事ができた。
自己開示の場の空気を作ってコミュニケーションすることに重点を置いていたのだが、その事を通り掛かったホリィセンに話したら「そういうのは良い場だ」と言われた。(適当に言われただけかもしれないが)

前回行った際は割と大人数で普段自分が味わいにくい空気で緊張してしったのだが、今回は来たのが遅かったのもあって少なめなのと自分が話しやすいタイプの人たちばかりで落ち着いて過ごせたのは良い事だった。
だが、一度行くだけでかなりの情報量や変わった体験をするのでやはり行くのは2ヶ月に一回が丁度良いかもなぁとも思った。
ブログで書くとどうしてもプライバシーが気がかりになるのであまり込み入った事は書けないが、サクラ荘がどんな場か気になる人は自分に直接会った際に聞いてみてください。

明日から(もう今日だが)学校だが、とりあえず単位を取っていかないと人生がどんどん遠回りしてしまいそうで、それはできるだけ避けたいので頑張りたいです。